いつか、私が子供を育てることがあったら

こんな場所でこんな風に育てたいと思う家族。

それが友達だから、嬉しい。

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私は今チェンマイの朝焼けを見ている。

滞在中の友人の本当に素敵な大きなおうちを目の前に眺めながら、離れにある部屋のベッドの上にいる。

ところで私は今日日本に帰るわけだけども、正直帰りたくないくらい日本が慌ただしく感じる心境である。

日本の生活の中で私より慌ただしくない人はたーくさんいるとおもう。

要するに慌ただしくしているのは日本ではなくて私自身だということはわかっている。

 

だけど、帰ってもまた慌ただしくしてやろうとおもう。

あくまで個人的な基準で書いていますが

筋肉の縮小運動や、負荷と休憩のバランスのように

今こんなに心穏やかになれるのは日頃の負荷があってこそだ。

 

でも、本当に、

「これ」が必要だった。

 

彼女は1歳の息子にほとんど「やっちゃだめ」と言わない。

危ないこと以外。そして息子も危ないことや人に迷惑をかけるようなことをおどろくほどしない。

 

そーいえば平岡さんとこんな話をした。

「一緒に転べる人になりたい」

あるときから自分より若い世代と接することが多くなった彼が思ったことだという。

「これはだめ、こーするといい、こーしたらこうなるはず」

経験値とともにわかってくる事が増えて、自分より経験の少ない人に

教えてあげたい、痛い想いをさせたくないという気持ちになるけど

でもやっぱり自分で思うままやって、転んで、一緒に転んで 痛かったねって言えたらいい。

ツアーの移動中に彼が言っていた言葉だった。